Top > 1-9. pH緩衝液
pH緩衝液とは外部からある程度のプロトンや水酸化物イオンを追加してもpHがあまり変化しない溶液のことです。バッファともいいます。
一見難しそうですが溶液中の共役酸や共役塩基が外部から余分に入ってきた水酸化物やプロトンを捕獲していると考えたらいいです。
体液も一種のpH緩衝液で、生体内では非常に重要な役割をしています。
水に塩酸を加えてプロトンを追加すると追加されたプロトンの数だけpHは低下します。では炭酸に塩酸を加えた場合はどうでしょうか。
炭酸については1-8. 酸と塩基Uで少し出てきましたが、二酸化炭素を水に溶かすと生じる二価の弱酸です。
二酸化炭素を水に溶かすと炭酸が生じ、Fig. 1-25のような平衡状態になります。
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Fig. 1-25 炭酸の生成と電離平衡
この平衡は全体的に左へ大きく偏っています。水に溶けた二酸化炭素のうちごく一部が水と反応して炭酸H2CO3になり、さらにその中のごく一部だけがプロトンを放出して重炭酸イオンHCO3-になります。
さらに言及すると重炭酸イオンもごく一部はもう一個プロトンを放出して炭酸イオンCO32-になるのですが、その量は非常に少ないため無視できます。
しかしそこに外部から余分なプロトンを加えると平衡が移動します。

Fig. 1-26 炭酸に塩酸を加えたときの平衡の移動(出典:矢野善久『生理学概論講義資料』)
平衡の移動を模式的に表したのがFig. 1-26です。
反応系は二酸化炭素と炭酸イオンとプロトンがある一定の比率で平衡状態にあり、そこに塩酸を少し加えます。
塩酸はプロトンと塩化物イオンに解離していて、共役塩基である塩化物イオンは塩基性が非常に弱いので反応に関わることがなく蚊帳の外です。
つまり相手に逃げられてしまった独り身のプロトンが外から乱入してきたということです。
しかし反応系中には塩化物イオンよりも強い塩基である重炭酸イオンが存在するためそれがプロトンの良きお相手になります。重炭酸イオンはプロトンを受け取ると炭酸分子となり、炭酸分子はすぐに二酸化炭素と水に分解します。
結果として平衡が二酸化炭素のほうに移動するので反応系中のプロトンはあまり増加せずpHの低下が抑えられるのです。
塩基を加えた場合も同様で、反応系中のプロトンが減少すると新たに炭酸が解離してその分を補おうとします。
このように系に何らかの変動が起こったとき平衡をずらしてそれを修正しようとする働きをルシャトリエの原理といいます。
ルシャトリエの原理は酸塩基平衡に限らず全ての平衡反応に適用することができます。さらに1-8. 酸と塩基Uで取り上げた私語の平衡移動もルシャトリエの原理で説明できます。
平衡定数の移動を説明するにはエントロピーという概念を用いる必要があり、エントロピーについてはもう少し後のほうで触れます。
血液は炭酸緩衝液で、pHを7.4±0.05でほぼ一定に保つ役割をしています。もしpHが0.05ずれると非常にしんどくなり、0.1ずれると死にます。
それだけ生物というのはデリケートなのです。
実際は炭酸だけで調節されているわけではなく、リン酸ナトリウムもpHを一定に保つ上で重要な役割をしています。
有機化学の実験では酢酸と酢酸ナトリウムをモル比1:1で水に溶かした混合溶液が安価で緩衝能の高い緩衝液としてよく使われます。
酢酸は一部だけ解離するのに対し酢酸ナトリウムは完全に解離し、酸性度の弱いナトリウムイオンは蚊帳の外になるので、系には酢酸と酢酸イオンがほぼ1:1で存在することになります。
もし外部からプロトンが追加されたり吸収された場合は酢酸と酢酸イオンの平衡をずらすことで変化を小さくすることができます。
酸塩基平衡は少し難しかったでしょうか。でも同じような原理で秩序を保っている機構は日常の中に、そして社会の中にも探せばいくらでも見出すことができます。
しかし理想的に機能している例は少ないように思えます。何を隠そう、少子化しているのになぜか就職難というおかしな社会現象がそれを象徴しているではないか。
(2008/10/24)