NPO京都ハートネット

kyoto: NPO団体 京都ハートネットワーク スーパーバイザー  臨床発達心理士 ・ 上級教育カウンセラー                                                               京都市内で発達障害当事者グループワーク・SST  発達障害家族グループワークで支援をやっています。                                                                                                                         悪意のあるコメントは即刻に削除します。



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やる気が子どもの知能を高める~発達検査結果にも表れる

author:kyoto2008/01/07 Monday

一般的に、意欲(やる気)と知能は別のものとして考えられています。しかし、私は、意欲と知能は密接に関係していると考えています。

発達検査の時にも、子どもにやる気があるかどうかということは、検査結果にも大きく影響を与えます。

そこで、どうしたらやる気を育てることができるか。そのことが大事になってきます。

そのやる気を育てる方法とは、できる体験を子どもにたくさんさせることです。

つまり、子どもの能力に合った課題を自分の力で解決していく体験をたくさんさせることです。その時には、子どもにとって難し過ぎない・易し過ぎないような課題を用意することが大事になってきます。

このことで、自分の力でもできるという肯定的な自己信頼、つまり、自信のようなものにつながっていきます。

次に大事なこととして、大人は子どもに対して、対応的な反応をすることです。つまり、子どもがやったことへの反応が大切です。

「打てば響く」のようなもので、子どもが起こした行動に、ちゃんと温かい反応があった時、もっとやってみたいと思うものです。温かい反応が、子どもの意欲につながってくるのですね。

その意欲の高まりが、さまざまなものへの興味をもたせたり広げたり、そして、それが成長・発達を促進させ、知能の高まりとなって表れてくるわけです。

私など、子どもの時から「できない体験」ばかりしてきたので、自己評価がとても低いです。自信がないわけです。

その自信のなさというのは、何をするにしても消極的な姿勢になってしまいます。

また、この消極性というのは、できる能力があることまでできなくするような結果にしてしまいます。いつもできない体験ばかりしていると、簡単なことでも自分にはできないと、自己否定的な思い込みを起こさせてしまうのです。

この状態になると、そこからなかなか抜け出せません。(これは私のことです。)

私のことはさておきまして、

やる気を育てるということが大事なのは、障害があろうがなかろうが同じです。

また、やる気が大事なのは、私たち大人でも同じだろうと思っています。

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トコルナ|EMAIL|URL|2010/01/20 11:56 AM|YOxdBMKg|

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林檎|EMAIL|URL|2008/01/09 09:14 PM|UrN7TBlc|

行動分析学~発達問題の行動療法

author:kyoto2007/12/22 Saturday

私の知り合いに、行動療法のことを、「動物の調教であるまいし、こんなやり方は嫌いだ。」という人もいました。

そうですね。悪く言えば、餌のようなものを使うのですから、やり方によっては、動物の調教みたいになってしまいます。

本当のことを言うと、私も、以前はその理由で行動分析が嫌いだったのです。

でも、人間も動物であるという考え方もあり、最近の私は非人間的なことにならないように気をつけて、行動分析を活用しています。

これの優れた点は、子どもたちにとって、自分がどのように行動していけばよいのかが分りやすいのです。

行動分析学の考え方の基本に、次のようなことがものがあります。
 ① よい行動 + ほうび    →  望ましい行動の増加
 ② 悪い行動 + ほうびなし  →  悪い行動の減少
 ③ 悪い行動 + 罰      →  悪い行動の減少

私は、この3つの考え方で、子どもに指導をしています。(子どもだけでありませんが)

ここで言う私の「ほうび」とは、ほとんど言葉でほめることです。

ここで大事なのは、行動がよかった時には、ほめてほめて、ほめまくるわけです。いろんなことでほめます。

人間は、ほめられて自分が認められる行動をしようとします。

ですから、望ましい行動はほめますが、しかし、困る行動をほめません。

また、ひどい行動をした時には、子どもを叱責します。

それから、子どもが注目して欲しくて、わざと問題を起こすような時には、無視を使います。

ただし、わざと問題を起こすような時、どうして、そのような行動をしなければならなかったのか、については背景などをよく見て手当てをするようにしています。

これぐらいのことは、自分だって普段からやっていると思われるかも知れませんが、それとちょっと違って、理性的にやっていくわけです。

そのことで、子どもたちの行動は変化してきます。

簡単に言えば、よい行動をした時は、いっぱいほめることが大事だということです。

お子さんがよいことをしたら、「よくやったね。」、とほめてやってください。

お子さんが悪いことをしたら、「ダメ。」と叱ってやってください。

注目されたくて、問題を起こしたら、それにのって感情的になってしまうのではなく、「どうしてそんな行動をするのだろうか。」と考えてやってください。

これをしていくことで、自然に問題行動が減り、望ましい行動が増えるはずです。私は、この方法を使っています。

ただし、これらのことのすべての基本は、子どもに対して、「あなたを愛している。」が大事です。

「よいことも、悪いこともすべて見ているよ。」という、無条件に大切にされている温かい視線です。  

お子さんたちの幸せを願っています。


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創造の病(実存分析)

author:kyoto2007/12/01 Saturday

先日、精神因性の軽い神経症だと思われる人と会いました。

この方のような精神因性の神経症は、創造の病でもあります。

自分は、何のために生きているのか、人生でどのようなことをやり遂げたいのかなど、生きる意味を自分に問うているわけです。

その方の言われるには、「職場で忙しくしている他人のことが、とても気になってイライラする。」ということでした。

仕事などで何かで困っているのかというと、そうではなく、「仕事の給料は安いが、比較的に仕事が楽で、それで仕事を続けられている。」と、現状を肯定されていました。

しかし、続けて、「けれど、どこか仕事が暇な感じで、他人のことが気になる。」 「でも、自分にやることがないので、他人のことが気になるのかなあ。」と、ご自身をふりかえって言われました。

この方には、今、精神的なエネルギーが湧き出していると思われます。

自分の人生を満たす何かをやりたくなっているように、私は思いました。

気楽に仕事ができればよい、というものではないのですね。自分の人生を満たすものを探し求め始められたようです。

この方は、精神的な(心理的なものではありません)欲求不満状態であります。つまり、この方の状態は、人間的な創造の病だと思うのです。

この方の話を聴いて、あまりにも実存的・人間的なところに、私は嬉しくなりました。

このことを病気だと思わないで、自分が本当にやりたいことを見つけて目標を立てて、その実現へ向けてがんばって欲しいなあと思いました。

私は、応援しています。

悩みというのは、悪いことばかりでなくて、大事な意味もあるのですね。


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kyoto|EMAIL|URL|2007/12/03 06:53 PM|tinLQHnE|

ケロ姫|EMAIL|URL|2007/12/03 01:19 PM|1D94govk|

kyoto|EMAIL|URL|2007/12/02 06:26 PM|tinLQHnE|

Yoshi|EMAIL|URL|2007/12/02 12:14 PM|V4qzTJos|

kyoto|EMAIL|URL|2007/12/01 10:35 PM|tinLQHnE|

秋桜|EMAIL|URL|2007/12/01 09:53 PM|x5hMBwbY|

嫌なら学校へ行かなくてもよい

author:kyoto2007/11/12 Monday

私は子どもだけでなく、若者や大人のアスペルガーの方や、その親とも面接をしています。

そこで、思っていることを記事にします。

学校でものすごくいじめられているような状態なら、命を失う恐れもあります。ですから、無理をして学校へ行く必要はないと思います。

でも、そのような客観的な事実がなくて、ちょっとした被害妄想的なところからのものでしたら、やはり学校へ行く努力が必要だと思っています。

親の思いで安易に、「学校だけがすべてではない。」「無理をして学校へ行かなくてよい。」などというようなことをやると、子どもは、本当に不登校になってしまいます。あまり必要のない不登校です。

現代は学校不信の時代です。そんな学校なら行かなくてもよい、というようになりやすいですね。

そして、子どもにとったら、学校で勉強するよりも、家でのんびりしている方がよいのに決まっています。

アスペルガーなどの傾向があると、対人関係がうまく行かず、親しい友達もなかなかできません。先生や同級生達に自分のことを理解してもらうのは難しいです。要するに、学校は居心地のよいものではありません。そこでは障害に由来するような、いろいろなトラブルが起きるからですね。

それで、安易に学校を休み出すと、もう、簡単には学校へ復帰することができません。

アスペルガーの障害から起きている問題であるので、時間の経過が解決するような性質のもでないからです。

小学校低学年や中学校へ入学して直ぐに不登校になった人がけっこういます。その方たちは、それ以降、大人になるまで不登校を続けているわけです。

私は、若者や大人のアスペルガーの方と会って話を聴くと、時間を巻き戻したくなります。学校へ行かずに大人になってしまうと、失われた時間や、そこで起きるはずだったその方の人生経験が、ポコッと空洞になっているからです。取り返しがつかないのです。

もう大人ですから、本当は会社へ勤めに出ていなければならないはずなのです。でも、学校へ行けなかった人が、もっと厳しい会社勤めなどできるはずがありません。また、学校へ行っていないので、当然のこととして学力もありません。(中には、例外的な方もいらっしゃるでしょうが)

私は、そのような方に会った時、もっと早く気付いていれば学校へ戻ることができただろうにと、とても残念な気持ちになります。

また、大人になってしまうと一人前ですから、学校の時のようにゆかず、まわりからほとんど何の支援もないわけです。

子どもの間は、学校の教育相談や教育センター、また、児童相談所なりに相談することができ、そこの支援を受けることができます。

でも、大人になってしまうと病院へ行くぐらいしかないのですね。

断っておきますが、私は学校が素晴らしいとか、学校が絶対によいなどと思っていません。

でも、ただ不必要に学校を休むことだけでは何の解決にもならないと思うのです。そして、大人になってから、就職などの現実を目の前にした時、そこで困るようなことは避けたいと思っているのです。

子どもが学校へ行きたくないと言った時、話をよく聴いてやること。また、必要ならば、学校なり、教育センターなり、児童相談所なりに相談へ行って相談すること。これが大事だと思います。

「そんな学校など、行かなくてよい。」と、安易に結論付けないようにしてやって欲しいものです。

子どもの将来を考えて、大人になってから困らないようにしてやって欲しいと思います。

でも時々、休むぐらいの配慮でやって欲しいものですね。

お父さん、お母さん、よろしくお願いします。

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kyoto|EMAIL|URL|2008/02/12 10:34 PM|tinLQHnE|

TONTON|EMAIL|URL|2008/02/12 10:04 PM|bCf10S9g|

kyoto|EMAIL|URL|2007/11/29 08:00 PM|tinLQHnE|

china|EMAIL|URL|2007/11/29 05:53 PM|VB3QXZ0w|

kyoto|EMAIL|URL|2007/11/15 08:43 PM|tinLQHnE|

やすな|EMAIL|URL|2007/11/14 10:51 PM|YLLrwo0U|

発達検査への私の思い

author:kyoto2007/11/10 Saturday

いろいろな理由で、発達検査についてブログではあまり書かないようにしています。

でも先日、私が担当している人から質問があったので、少し検査のことについて触れてみたくなりました。

私はおもに、新版K式発達検査とWISC3、WAIS3を使います。子どもによっては、KIDS発達スケールも使うことがあります。

WAIS3は、WISC3の成人版のことです。

ご存知の通り発達検査では、発達年齢や知能指数(IQ)が分かるのですが、よく使われている京大NXなどと違って、細かく発達の状態が分かるのです。細かいデーターをプロフィールに書き出して、そこから結果を分析するのです。

発達検査というのは使い方によって怖いところがあって、例えば、単純にデーターだけを鵜呑みにしてしまうと大変なことになります。また、同じ人間でも、心身の状態などによって、検査の出来が悪かったりよかったりすることもあるわけです。

要するに、出てきたデーターが先入観になってしまうこともあるわけです。発達検査から分かることは、その人の一部分であるということですね。

ですから私は、面接や観察を大事にして、その補助的・補足的なことでデーターを使うように心がけています。

述べましたように間違った使い方(先入観)の問題から、私自身は知能テストを全くやらない時期があったのです。

でも、いまはこれまでの反省を踏まえながら、うまく使うことで、とても役に立つものになると思うようになってから、積極的に使うようになりました。

さて、発達検査では、学力と知能指数とが違うものであるという認識が大事だと思うのです。

学歴なんかどうでもいいことを前提にして、例えば、中卒の人でIQが150ある人もいれば、大学卒の人でIQが80ぐらいの人もいるわけです。

大学を出ている人が、必ずしもIQが高いというわけではありません。

ですから、いくらIQが高いからといっても、勉強をしていないと学力はつかないわけです。

また、いくらIQが高くても、勉強をしていないと学力がつかず入試などに合格できないわけです。

私は、アスペルガーの人に自分の得意なところを伸ばすようにしなさい、とよく言うのです。その意味は、自分のもっている得意なところの能力を開発しなさいという意味です。

アスペルガーの人は、かしこい人が多いです。他の人と比べて、高い能力をもっていることが多いのです。この高い能力を生かせて欲しいのです。

それを伸ばすには、やはり勉強などの努力が必要です。せっかく能力があっても、使わなければ学力や教養はつきません。

アスペルガーのかなりの人は、これまで難しくて苦手なところばかりを努力して克服しようとしてきているようです。やっても、やっても、良い結果が出ないものですから、人によっては、ついに自分への自信を失くしてしまうのですね。

昔から学校では発達障害の者にとって、困る考え方があるように思います。苦手なものがあるのは、努力しないからだというわけです。それで、アスペルガーの人も苦手なことに挑戦しますが、障害の部分は努力だけでなかなか越せません。くたくたに疲れてしまうのですね。

例えて言うと、駆け足の遅い人に「努力して早く走りなさい」とできないことを要求しているようなものですね。無理なものは無理なわけです。

でもね。得意なところは、必ず伸びます。それを必ず生かせます。

これは、別にアスペルガーでなくても同じことです。得意なところを見つけて伸ばすところが大事なのです。

私にとっての発達検査の意味は、この得意なところを発見するということです。

ただし、先ほども言いましたように、いくら能力があっても努力みたいなものがなければ、その能力は花開かないので、そこの認識は確認しておきたいところです。

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kyoto|EMAIL|URL|2010/03/28 04:46 PM|tinLQHnE|

餅|EMAIL|URL|2010/03/28 02:27 PM|YilE8rz6|

子どもは可能性の塊

author:kyoto2007/09/05 Wednesday

障害があろうがなかろうが、私からすれば子どもというものは、未来への可能性の塊だと思っています。

どんな障害があっても、必ず成長・発達をしていきます。

悲しいのは、その可能性が様々な理由で阻害されることがあるということです。

たとえ障害があっても、いろいろな支援によって成長・発達の可能性があるのです。でも、必要な支援がなければその可能性は小さくなっていきます。

今度私は、保育所に在籍する障害のある子どもの保護者達から、小学校入学までの2~3年の間に、どのようなことを大事にすればよいか話をして欲しいと頼まれました。

私のような者から、話が聴きたいと言ってもらえるのですから、うれしい限りです。また、やりたい話はたくさんありますので、そのこともうれしいです。

そこで、話をする前に、私自身が子どもの頃のことを思い出して、どんなことをして欲しかったのかなと考えました。

それで、先日、『子どもの頃の自分に会ったら』 という記事を書いたのです。
http://www.hozugawa.net/kyoto/index.php?e=592 

記事を書いていたら、なんと、自分が泣けて泣けて、胸いっぱいになってしまいました。(これは私のことですが…)

やっぱり、子どもの私はいろいろなことをして欲しかったのです。逆に言えば、いろいろなことがしてもらえてなかったですね。

子どもの私は、一人で心細い思いで過ごしていたのだなあと、自分をふり返りました。

子どもには、何よりも愛情をいっぱいかけて育ててやって欲しいです。それが1番の基本ですね。

何らかの理由で、親にそれができない時は、まわりの者が代わってやって欲しいですね。

障害があっても、たっぷりの愛情と環境が整っていると必ず成長・発達をします。その子どもにある可能性を十分に伸ばせていけるように、すべての大人たちにがんばってもらわなければなりません。

障害があろうがなかろうが、子どもは、みんなの宝であるという大人の認識が大事だと思っています。



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kyoto|EMAIL|URL|2007/09/06 09:10 PM|tinLQHnE|

aqua|EMAIL|URL|2007/09/06 08:30 PM|jPdQrKYg|

心の傷

author:kyoto2007/08/23 Thursday

私には、心の傷が山のようにいっぱい残っています。

人生の中で、心の傷を癒せたのかというと、まったく癒せていません。

家で親や兄弟に傷付けられ、学校で先生や同級生に傷付けられ、社会では職場で傷付けられ、恨みばかりの情けない自分です。

また、とんでもないことをやって自分を傷付けている面もあります。顔が赤くなるというか、恥ずかしくて情けないようなことをいっぱいやってきました。

忘れようと思っても、忘れられないようなことが山のようにあるのです。もう自分を癒すことをするのは無理だと諦めています。

それよりも、心の傷ついた自分であることを認めていくように心がけているのです。

心の傷は、思っているよりも深いです。そんな簡単に癒すことができません。

他人のことだったら、「そんなこと気にしないようにしたら、どう。」みたいなことを言うでしょう。でも、他人事だから言えるのです。

当事者は、そんな簡単に忘れることができません。多分、誰もが、一生忘れることができない心の傷がいくつもあると思います。

心の傷は深いということを自覚するのが大事でないかと思っています。

そのことが理解できたら、他者に対して本当に優しい自分になれるのではないかと思うのです。



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kyoto|EMAIL|URL|2007/09/02 03:43 PM|tinLQHnE|

やすな|EMAIL|URL|2007/09/02 09:55 AM|YLLrwo0U|

性的エネルギーの方向

author:kyoto2007/05/18 Friday

私の初恋は、小学校5年生の時だったです。でも、私があまりにもだらしないものだから、残念ながらその子にあいそをつかされて、相手にしてもらえなかったです。

その後、中学校へ入っても、幾度となく片思いをして、実らぬ恋をしてきました。思い出すと、恥ずかしいような、また、自分の純粋さが愛おしいような、かわいい感じがします。これは私のことでした。

さて先日、発達心理学の講演を聴きに行ってきました。その講演の中で、なるほどと思ったことがありました。現代の恋愛は、未来が見えないということです。

昔は、男子なら中学生ぐらいになると、よその女の子を妊娠させたらどうしようかと心配したり、女子なら妊娠させられたらどうしようかと、親としては、そのような心配をしなければなりませんでした。また、本当に妊娠してしまった時は、親が若い二人に責任をとらせて結婚させ、生まれてきた子どもを育てさせるようなところがありました。ですから、恋愛は、やはり結婚を前提に存在していたようなところがありました。

また、男も女も好きな人ができたら、その人と結ばれたいと思うところがありました。古風ですが、愛するその人のために自分を捧げたいような雰囲気がありました。生物学的にも矛盾が無い男女関係があったのです。

しかし現在は、恋愛が必ずしも結婚と結びついていなくて、好きな人ができても、ただ好きなだけで、それが結婚には結びつかないようなところがあります。なかなか大人として一人前になれないモラトリアムのところもあり、また、経済的な問題もあります。現実に40歳を過ぎても独身の人がたくさんいます。いまは、そんな世の中です。

本来、生物学的に適齢期がきて異性に恋愛し、そして結婚するというのが自然な姿なのですが、現代は恋愛が結婚に結びつきません。問題は、子孫繁栄という生物学的な自然なエネルギーが、社会文化的なものによって制限され、その方向を見失っていることです。

このエネルギーをどこへ向けたらよいのか、今の若い人は大変かも知れません。

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カウンセラーに必要な人権感覚

author:kyoto2007/02/18 Sunday

カウンセラーには人権感覚が必要だと思っています。人権感覚は、人間としての自分自身のあり方を明らかにするものだからです。
また、カウンセラー自身も社会問題に直面し、憤りをおぼえ悩んでいることが大事であると思うのです。社会変革や社会改革の姿勢も必要です。

先日、京都市の市民集会に参加してきました。同和問題や人権にかかわる市民の集会です。
私はこの数年、あらゆる差別としての在日問題の分科会へ参加しています。先日も、それに参加したのですが、テーマは共生でした。

三人のパネリストによって、在日韓国人大学生による日本人団体を含めた他団体との交流についての報告や、在日の韓国・中国・ペルーなどの外国からの就労者の家族の子どもの交流会の報告、また、大学教育での国際理解の現状のところの報告がありました。

おもしろい取り組みだと思ったのが、在日外国人や外国からの就労者の子どもを対象に「つながる会」ということで交流会をしている取り組みです。子どもは日本の学校へ通っていて日本の友達があるでしょうが、同じような境遇や立場の子どもがたくさんいるのに、そのつながりが少ないので、つながる会を発足させたということです。現代の日本には、外国人の子どもだけでなく、ダブル国籍の子どもや外国人の親をもちながら日本籍の子どももいるのが現状です。その子達が同じような立場の仲間と出会い、そこでお互いに支えていくことを大事にしているようです。この取り組みは、ややもするとアイデンティテイの形成で悩む若者に、自分が誰であるのかを仲間に支えてもらえる大きな力になってくるものと思います。孤立しないでつながってるということが大事なのですね。

次に大学からの報告ですが、異文化としての国際理解といことでした。英語ができるようになったら国際理解が進むとか、小さいうちから外国文化に触れさせるとか、そのようなことで本当に日本人の国際理解が進むのかという問いかけです。日本人社会には、体質的に異文化排除の心理があるようです。私は、これが差別だと思うのですが、ここのところを考えさせられました。知るだけでは理解につながらないのですね。互いにかかわっていくことではじめて理解し合える関係になるのですね。かかわっていこうとする努力が必要です。そんなわけで国際理解の問題は、外国に問題があるのではなく、異文化を受け入れられない日本人の問題であると思いました。

これらの話を聴いていて、私は広汎性発達障害の問題も同じ構造だと思いました。みんなと違う行動をとる人がいると、広汎性発達障害だと分かっていても、それを理解しようとしないというのか、受け入れないというか、そんなところがあるなあと思いました。(みんながみんなではありませんが) 簡単に言うと、広汎性発達障害の人に変わることを要求するようなところがあると思います。日本人的な人は、自分が変わるのが嫌なのですね。

さて、在日の大学生の話は、私の心にドスンと入ってきていました。語りから、日本社会の差別の現状を再認識させられた思いになりました。本当は、この青年の話が一番印象に残っているのですが、言語化できないほど私は辛い思いになりました。差別は悲しいことです。

私はカウンセラーに人権感覚が必要だと思っています。カウンセリングはクライエントの実存を支え支援する仕事をします。差別は実存の否定です。カウンセラーには、差別に正面から向かいあえる力量が必要だと思っています。私自身も差別に負けたくありません。

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kyoto|EMAIL|URL|2007/02/21 06:21 PM|tinLQHnE|

ながい|EMAIL|URL|2007/02/21 01:45 PM|qSI2fuwc|

在日から学ぶ

author:kyoto2006/09/09 Saturday

ずうっと以前から、私は在日韓国・朝鮮の方にkh-netへ来て一緒にエンカウンターグループをして欲しいと思っています。在日の方がグループに入ってこそ、本当の日本社会だと思うからです。
また、私は在日のことについて知りたい思いもあるのですが、そのことより、在日の方と一緒に自分を考えたいという気持ちなのです。
どうぞお越しください。

以前、社会福祉関係職員の研修を目的としたカウンセリングワークショップに参加した時、その時に初めてワークショップに在日の方で本名で参加されている人に出会いました。2泊3日の宿泊のワークでしたので、私はチャンスだと思っていろいろな話をしました。
今から思えば、カウンセリングのワークショップで在日の方に会ったことがないというのは不自然なことです。たぶん日本名(通名)を使って参加されている人が居たのでしょうが、それを知る由もありません。本名で参加される人がたくさん出てきてこそ、エンカウンターグループが目指す人間開放や自由だというものだと思います。そうでないという現実は、やはり私にとって不自然な感じがします。

私が障害者関係の仕事の道に入っていったのは、自閉症で言葉が話せない在日の子どもが、地域の見えにくい隠れたところで日本の子どもから暴力でいじめられていることを知ったからです。私はこのことを放置していてはいけないと思いました。経済的にもあまり恵まれていない子どもで、親からの保護もなかったのです。それをよいことに、日本の子がいじめていました。また、自閉症で言葉が話せないので、事情が言えないのですね。自閉症であるためにいじめられ、その上に民族差別もあり、私は耐えられない気持ちになりました。
そんなことがあってから、私は在日の障害のある子に対して特別な思いをもっているのです。

ですから、先ほどの福祉関係のワークショップで、在日の障害のある子どもに対するケアはどうなっているのか質問したのです。日本全国から人が集まっている研修会なのでチャンスだと思いました。本名で参加されていた人にもこれを訊ねてみました。その当時は、『そんなことは考えてもいなかった』とか、『日本の障害がある子どもと同じように』という返事でした。私は二重差別を受けることになるので、その子どもたちには特に配慮をして欲しいと伝えました。それから在日の方に、同じ民族のものがケアーをするようなことも考えてみたらどうだろうと提案しました。

あれから数年たっています。現在の私は、日本籍を持っている在日の子どもを担当しています。私も朝鮮生まれの母親を持ち、その子どもと同じような面があるのですが、日本国籍があっても民族的な血というものがあります。オモニ・アボジ(おじいちゃん・おばあちゃん)は朝鮮人です。文化的にも全くの日本人ではありません。ですから、私は日本と韓国・朝鮮をつなぐような人になって欲しいと願って接しています。

私はkh-netのエンカウンターグループに在日の方に参加して欲しいと思っているのです。自分が何者であるのか、それを発見するのがエンカウンターグループです。これは日本人も在日の方も同じテーマであります。ですがそこへ向かうプロセスはちょっと違うかもしれません。お互いに学びあいながら、成長へ向かっていくことができたら素晴らしいなあと思っているのです。


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kyoto|EMAIL|URL|2006/09/11 10:31 PM|tinLQHnE|

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