
私は発達障害当事者、親、支援者の3つの面を持っています。
そこで、ブログの記事も、この3つの立場から、それぞれ書いています。
今回は、私が支援者の立場で思っていることからの記事です。
親にとっては耳の痛い話になるかも知れません。
でも、しっかりと話を受け止めて欲しいと思います。
さて、発達障害の子どもの成長について、私が感じているところを記事にします。
もう、何年も前に亡くなりましたが、私の母親は無教養で何にも取り柄のないような人でした。
でも、私が生まれて直ぐに父親が死んで、その後、女でひとつで子どもを育てるたくましい人でありました。
どうやら私は、そのたくましさを、母親の後姿から学習しているようです。
そのことを、私は大人になってから気付いたのですが、ありがたいと母に感謝しています。
私が発達障害で苦しみながらも、困難の中でもがんばり続けることができるのは、母親譲りのたくましさがあったからだと思うのです。
これは、知らず知らずの間に、母の後姿から学習したものであると思っています。
さて、発達障害の子どもを持つ親の中には、自分の子どものことを、「あれもできない。こんなこともできない。」とぼろ糞に言う方がいます。
そんな心ない親の言葉を聞いていて、私は悲しくなってしまうことがあります。
発達障害は障害であるので、いくらがんばってもできないことがあるのです。
その発達障害の子どもに、親は小さい時からどれだけ成長発達が進むように努力してきたのか、ここを問いたい気持ちになります。
もし、発達障害であるのにもかかわらず、普通(定型)の子どもとして育てたのなら、できないことがたくさんあっても、それは仕方がありません。
それなら、責任を問うならば、「しっかり子どもに合わせた育て方をしなかった」親の責任ではないかと言いたくなります。
発達障害であっても、子どもに合わせた育て方をすると、成長発達はずいぶん違うのです。
早期発見・早期療育と言われるのは、成長発達が違ってくるからです。
問われるのは、「できないように育ててしまった親の責任」です。
子どもの発達障害に、配慮をしなかった親の責任です。
こんなこと、私は未だ1回も親に言ったことがありませんが……。
でも、あんまり子どものことをぼろ糞に言う親を見ると、我慢できずに言いたくなってくるのです。
さて、そんなこところで、親は子どものことをぼろ糞に言うのはやめてくださいね。
子どもは、発達障害であっても親の後姿を見て育ちます。
そのことに気付いておられるでしょうか。
さて、発達障害も大人になって、いずれ結婚をして子どもが生まれ、親になります。
発達障害が親になった時、自分の子どもに、貧乏でも苦難に負けず堂々と生きていく姿を見せてやって欲しいものです。
それができていたら、子どもも、自分の人生を精一杯生きていく人間に育つはずです。
大事なのは、人としての生き方でないでしょうか。
さて、私は立派な親だとは思っていません。
でも、少なくても息子が、私程度にはなれると思っています。
私は、子どもに恥じない生き方をやってきた自負があるからです。
さて、発達障害の子どもを、悪く言うようなことはやめて欲しいと願って、今回の記事を書きました。
子どもは親の後姿を見て育ちます。
発達障害の子どもにとって大事なのは、世間に恥じない親の生き様でないでしょうか。
親には、そこを大切にして欲しいと思います。
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お知らせ
2月4日(木)・より、家族限定ですが大阪で、発達障害家族グループワークが始まります。
大阪の阪急梅田駅の近くの交通便利な会場です。大阪方面の方の家族の参加をお待ちしています。
ホームページが新しくなり、読みやすくなりました。新年以降のいろいろな情報が載っていますので必見です。
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この冊子は、グループワーク会場で販売しています。通信販売につきましては、手続き等が整い次第開始いたします。