
もうずいぶん前のことですが、手に日本酒をぶら下げて、親父の故郷である富山の墓参りに初めて行きました。
私の親父のことを、ここで少し書きたいと思います。
「お前の親父は酔っ払って、近所の他人の家に入って、座敷で立ションをしていた。」
「お前の親父は、近所に迷惑ばかりかけて、みんなの嫌われ者だった。」
これは、私が子どもの頃に、近所の大人から聞かされた私の親父の姿です。
生まれて直ぐに親父が亡くなったので、私は父親をまったく知らないのです。
だから他人から聞く姿でしか父親を知りません。
心ない近所の大人たちは、容赦なく私に父の無様な姿を教え込みました。
さて、今回は「発達障害をどう生きるのか」ということで記事にします。
今になれば、父がどれだけしんどかったのか、そこの理解が私にできます。
発達障害で生きていくのは、ものすごいストレスに晒されるからです。
父は結局、私たちをおいてきぼりにして、あの世に行ってしまいました。
そのために私は貧乏や差別など、つらく悲しい人生を送らなければならなくなったのです。
また、父が死ななければならなかったほどのストレスを、私も背負わなければならない人生になりました。
父が死ななければならなかったのは、発達障害だったからであると思っています。
さて、私もすごいストレスに晒され、大人になりました。
無器用で何にもできない私は、強い劣等感に支配され、対人関係も上手くゆかず、酒や薬に依存する大人になってしまいました。
これで正常な生活を送ることができれば問題がないのですが、お酒や薬に逃げ込む生活になってしまっていました。
仕事も休みがちになって、とうとう仕事へ行けなくなってしまいました。
家族や友達から見放され、自分独りになってしまっていました。
私の親父も、このような状態になっていたのだと気付いたのです。
その時の私は、もう死ぬしかないと思っていました。
でも、自分が親父と同じ状態になっていると気付いた時、私は死なないで生きていくことを決めました。
さて、私は親父を恨んで憎んできました。
でも、父がどうしてそのようになったのか、そこが私に分かって、父を許しました。
また、私は父のように死なないで、苦しくてもつらくても、生きていくと決心したのです。
きっと、父もあの世で、そうして欲しいと願っているだろうと思いました。
さて、発達障害であると、つらいことがたくさんあり、また、そのことを理解してもらえず悲しい思いをしなければなりません。
でも、私はつらいことを抱えながら生きていくところに、人間としての尊さがあると考えています。
みなさんにも、発達障害の困難さに加えて、家庭環境の悪さや事情などの悩みもあると思います。
私は、「自分は、どう生きていくのか。」、そこに人生からの意味の問いかけがあると思っています。
さて話を戻しますが、
私は富山まで、親父が生前に好きだったお酒を持って行ったのですが、お墓に供えるのはやめました。
あの世にいる父には、もう酒がいらないと思ったからです。
私も苦しくて堪らない時期もありましたが、、この世での薬もお酒もいらなくなりました。
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お知らせ
2月の「発達障害当事者グループワーク」は、2月13日(土)午後1時~5時 京都JA会館5階505で行います。
参加は当事者に限りますが、障害の診断の有無は問いません。
新年2月より、家族限定ですが大阪で、発達障害家族グループワークが始まります。
大阪の阪急梅田駅の近くの交通便利な会場です。大阪方面の方の家族の参加をお待ちしています。
ホームページが新しくなり、読みやすくなりました。新年以降のいろいろな情報が載っていますので必見です。
kyotoの記事を選りすぐった冊子が出来ました。「当事者に向けて」や「家族に向けて」、「生い立ち編」など4冊があります。
この冊子は、グループワーク会場で販売しています。通信販売につきましては、手続き等が整い次第開始します。