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kyoto: NPO団体 京都ハートネットワーク スーパーバイザー  臨床発達心理士 ・ 上級教育カウンセラー                                                               京都市内で発達障害当事者グループワーク・SST  発達障害家族グループワークで支援をやっています。                                                                                                                         悪意のあるコメントは即刻に削除します。



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予断と偏見~世間の常識の危なさ

author:kyoto2009/11/20 Friday

カウンセラーブログランキング
私は自分のことを非常識な人間でないと思っているのですが、どこか常識というものが嫌いです。

常識にとらわれている人は、自分で物事を考えていないというか、それが本当かどうかを確認していないような感じがするからです。

私は、その常識というものが先入観になったり、誤解を生んだりしているところがあると思っているのです。

そこで、今回は定型発達が、よく使っている世間の常識の危なさについて記事にします。

さて、私は小学校の卒業の時に担任の先生から、「お前のような人間がいるから世の中がよくならないのだ。」と言われました。

これは、卒業の時の門出の祝い言葉だったのですが、私にとってトラウマになっているのです。

忘れたくても、忘れられないのです。

そこまで私が嫌われたり理由が、どうしても分からないのです。

この言葉が、私の心や身体に強固に入り込んでいて、どんなに努力しても、決して消えないものになっています。

どうして、そのようなことを言われなければならなかったのか、私には合理的な理由が見つかりません。

私は貧乏人の子どもで、服装も汚く、毎日忘れ物ばかりで、だらしのない子どもでした。

また、発達の問題もあったので、勉強はからっきしできなくて、その先生からすれば最高の劣等生でした。

この先生からみて、そんな最低な子どもの私がクラスにいると、他の子どもへの示しがつかなかったからであると想像しています。

先生から何度も注意をされても、一向に私は改心できませんでした。

担任の先生からいじめられたのは、私が常識的な子どもでないことが原因だと思っています。

非常識とは、私が貧乏人で汚く、性格がだらしなく、また、親といえば、こんなに迷惑をかけているのに、お中元やお歳暮などを持って来るどころか、挨拶にも一度もやってこない人間だからです。

そんな私のことを、非常識な親に、非常識な子どもだと思われていたのでしょう。

しかし、私は一生懸命に生きていたのです。

確かに学校の宿題や持ち物など、ほとんど持ってくることはありませんでした。忘れ物ばかりです。

でもね、私は毎日、家の掃除をしたり洗濯をしたり、貧乏でガスなどありませんから、まき割をして火をおこして豆炭や練炭に火を入れたり、日課で家族が帰ってくるまでに家の用事をやっていました。

私の服装が汚いのは、貧乏だったからです。

私がだらしがないと思われたのは、小さいころから親に持ち物を用意することなどを教えられていません。

また、学校へ持って行きたくても、貧乏で学用品など買ってもらえなくありませんので、私にすれば忘れたと言うほかに方法がなかったのです。

決して私は言葉にしませんでしたが、とても悔しかったです。

だけど、先生は私のことを、頭が悪く、何にも分かっていない非常識な人間だと思っていたことでしょう。

さて、私が非常識な人間だったわけではなく、貧乏な暮らしや発達の問題から非常識な人間のようにならざる得なかったわけです。

先生は、私のことを馬鹿だと思い込んでいたので、いろいろと屈辱的なひどい言葉を浴びせたりしました。

でも、私はそのことを分かっていたし、こと細かく覚えているのです。

忘れたくても忘れられません。

私が時々パニックを起こすのは、この消せないトラウマが関係していると思っています。

さて、常識だけで物事を考えて判断すると、真実が見えなくなるところがあります。

私は世間の常識を必要なスキルとして考えて、これを否定しないです。

でも、常識にとらわれると、それが先入観や偏見になり、相手の本当の姿が見えなくなります。

世間の常識には、そんな危ないところがあるのです。

そこをみなさんに考えて欲しくて、今回の記事にすることにしました。

断っておきますが、学校の先生への恨み辛みを書きたかったのではありません。

このような先生のようにならないように、常識にとらわれ過ぎないようにしたいということです。

私自身も、気をつけています。

(明日、明後日と淡路島にグループのみなさんと小旅行へ行きます。それで記事の更新をお休みします。)

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コメント

世間の常識の危なさ、身を持って痛感しております。

私が小学校高学年で受けたいじめは、何のいわれもないものでした。
ただ、みんなと違う行動を取る、肥満児であった、ということが、
いじめて良い理由となってしまいました。

世間の常識では、弱肉強食の原理で、弱者はいたぶられても仕方がない、
ということなのでしょう(暗黙的な常識ではありますが)。

社会人になってからも、世間の常識として、年下である後輩は、
年上である先輩を追い抜いてはいけない、という歪んだ常識を押し付けられました。

追い抜かれそうになった先輩は、立場の強さと多数派の強みを使って、
私が何も言葉を発せられなくなるまで、徹底的にいびり倒しました。

私も、「世間の常識」という多数派の論理には、賛同しかねます。

|まゆげイヌ|EMAIL|URL|2009/11/20 09:11 PM|tsZ6JrXM|

まゆげイヌ様
>社会人になってからも、世間の常識として、年下である後輩は、年上である先輩を追い抜いてはいけない、という歪んだ常識を押し付けられました。

私も若い頃は、仕事がうまくできないことで、よく先輩にいいめられました。
仕事を辞めたかったのですが、辞めたいと思いながら30年も勤めています。
カウンセリングの学習をしてきたのがよかったのだろうと思っています。
それでも、しんどかったです。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2009/11/20 11:35 PM|tinLQHnE|

まゆげイヌさんへ

最近のコメントから、まゆげイヌさんが抱えてらっしゃることの大きさ、痛みを感じいってきていました。

 で、今回淡路島でお会いし、じっくりお話しする機会も多かったところの、私の実感です。外的な印象も、そしてじっくりお話した後も、まゆげイヌは非常に好青年だと思いました。今現在、外に現しておられるご自分に、もっと自信を持っていただいて、間違いないかと思いました。外から見たまゆげイヌさんは立派な青年そのものですよ。

 とはいえ、過去から、こころの中でうずく痛みの大きさも、よくわかります。持ち始めた自信と、過去の自己否定がうまく消化され、じっくりとご自分を確立していかれることを僕も願っていますよ。

|かなと|EMAIL|URL|2009/11/24 08:57 AM|pBqQM9OM|

訂正です。

× 外的な印象も、そしてじっくりお話した後も、まゆげイヌは非常に好青年だと思いました。

○ 外的な印象も、そしてじっくりお話した後も、まゆげイヌさんは非常に好青年だと思いました。

大変失礼しました。

|かなと|EMAIL|URL|2009/11/24 08:58 AM|pBqQM9OM|

常識は時代や国によって異なります。
国内でも大きく違う場合があると思います。
(お国自慢の番組を見ると各地の習慣の違いがよく分かります)
だから「常識と言うのは“絶対的”なものではない」
そう思うようにしています。

「みんながやっているから」「そうしないと変だから」ではなく
「これをやると周りの人が困るから」「これをやればお互い過ごしやすくなる」など
後者を基準にして行動するようにしています。

記事の中にも書かれていました「真実」が大事だと思います。
自分は何かに迷った時は「真理」に基づいて判断し、答えを出すようにしています。
(真理=国や時代が違っても変わらないものを指します)

|いし|EMAIL|URL|2009/11/24 10:16 AM|aT9TyhHM|

私は、kyotoさんがいて、ブログを更新して下さっているからこそ、
こうして生きていると言っても過言ではありません。
私と同じ様な方は沢山いらっしゃるのではないでしょうか。

|林檎|EMAIL|URL|2009/11/24 02:05 PM|.2G5plho|

かなとさんへ

コメントに返信していただいて、ありがとうございます。

私は淡路島研修で初めて実際にかなとさんにお会いしたのですが、
いつも書かれている文章通りの、理知的で、様々な方向に目を向けることができる、
非常に優秀な方だと感じました。

私の拙い話にもじっくり耳を傾けて聞いていただき、本当に感謝しております。

外面的な印象、そのように良い風に言っていただけて嬉しいです(^^)

まだまだ内面と外面が一致していないと感じますので、
これから徐々に自己一致の方向に向けて頑張っていきたいと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

|まゆげイヌ|EMAIL|URL|2009/11/24 07:36 PM|tsZ6JrXM|

いし様
>記事の中にも書かれていました「真実」が大事だと思います。
自分は何かに迷った時は「真理」に基づいて判断し、答えを出すようにしています。
(真理=国や時代が違っても変わらないものを指します)

そうなのですよね。
いしさんの言っておられることは、間違いのない真理だと思います。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2009/11/24 08:32 PM|tinLQHnE|

林檎様
>私は、kyotoさんがいて、ブログを更新して下さっているからこそ、
こうして生きていると言っても過言ではありません。

そこまで言ってもらえるとは、光栄です。
私が必死で生きてきていることを理解してもらえているように思いました。
ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2009/11/24 08:34 PM|tinLQHnE|

 こんばんは。

 私も世間の常識というものをあまりわかっていないとでもいうか、あまり意識せずに動くところがあります。
 「世間知らず」なのかも知れません・・・

 とはいえ、世間一般の常識に囚われること自体を好まないほうですね《尤も法律に触れるようなことはしませんが…》。
 常識に従って行動するとき、大概はある種の強迫概念の下で動いているかも・・・


 それで、まゆげイヌさんがコメントされた中に出てくる「社会人になってからも、世間の常識として、年下である後輩は、年上である先輩を追い抜いてはいけない、という歪んだ常識を押し付けられ…」とのくだり、悲しいかな、どうやらこれが現実のようですが、私自身はやはりおかしいと思いますね。

 技芸の世界に於いては、弟子が技術を含めた能力面で師匠(恩師)を上回ることがむしろ師匠に対する恩返しになる、ということを聞いたことがあります。

 変に常識に囚われることなく、自身の責任の下で正しいと判断したことは、例えそれがいわゆる”常識はずれ”とされることであっても、その通りに行動すればいいように思いますが・・・・・・

|南八尾電車区|EMAIL|URL|2009/11/25 01:47 AM|KH.VUAF.|

南八尾電車区さん

コメントお読みいただいて、ありがとうございます。
いつもコメント拝見させていただいております。

社会人の先輩・後輩の関係、本当に非生産的な、不要なものであると感じています。

技芸の世界でも人格の備わった師匠であれば、弟子に技術面で負かされることは、
至上の喜びと感じるべきはずのものですものね。

最近はなんだか、自分の事で手一杯の管理職の人ばかりになってきて、
このままでは、将来のある若い人材が潰されていく一方だと感じます。

|まゆげイヌ|EMAIL|URL|2009/11/25 02:47 PM|tsZ6JrXM|

南八尾電車区様
>変に常識に囚われることなく、自身の責任の下で正しいと判断したことは、例えそれがいわゆる”常識はずれ”とされることであっても、その通りに行動すればいいように思いますが・・・・・

私は常識なるものが嫌いです。
でも、相手への配慮や他者への尊厳などは、常識でなどでなく人間性の問題です。
私は、人間性で勝負したいです。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2009/11/25 10:09 PM|tinLQHnE|

 まゆげイヌさん、レスをありがとうございます。

 ご挨拶が遅れてしまって申し訳ないです・・・


 師匠と弟子(というか先輩と後輩)の関係について、少し興味深いブログ内記事を先ほど見つけました。

『体育会系の上下関係の厳しさ』
http://takutsubu.blog.drecom.jp/archive/3374

 体育会系クラブに於いては上下関係が厳格であることは昔から知られているところなのですが、それは強いチームを作り上げるのに常に緊張感を保持していく必要があるためである、とこの記事では述べています。

 一方で、そんな厳格な上下関係が成立するための条件として、上に立つものが自分にも厳しく出来るくらい成熟していること、常に高い緊張感を維持できる環境をつくること、潰れる前に後輩に手を差し伸べること・・・が求められる、とも述べています。

 また、大人になれば誰からも課される事なく自ら緊張感を生み出せなくてはならないこと、そして未成年(中高生)のうちは精神的に未熟であるため”上下関係”という規律を利用して場そのものに緊張感を持たせるという方策を便宜的に取ることになる、とも述べています。

 要は「ただ厳しさを振りかざすだけの先輩」では通用しない、ということです。

 当該ブログ内記事を読んでいて、色々と考えさせられました。

|南八尾電車区|EMAIL|URL|2009/11/28 05:18 PM|KH.VUAF.|

>南八尾電車区さん

いえいえ、お気になさらずに。
ブログの方にも丁寧なコメントしていただいて、ありがとうございました!

ご紹介いただきましたブログ、拝見させていただきました。

うーん、確かにこういうかたちの先輩後輩の関係であれば、
お互いが成長していける、有意義な上下関係が形成されてくると感じます。

私がこれまで経験してきた関係の中で、こうしたものに出会えた機会は、
本当にごくわずかな関係のみでしたので…

「ただ厳しさを振りかざすだけの先輩」もしくは「ただ個人的な感情をぶつけてくるだけの先輩」…
なかなか現実の上下関係は厳しいものがあるようですね…

潰れる前に後輩に手を差し伸べること…
これが上手に出来る指導者が年々少なくなってきているように感じます。

|まゆげイヌ|EMAIL|URL|2009/11/30 12:14 PM|tsZ6JrXM|

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