
私は自分のことを非常識な人間でないと思っているのですが、どこか常識というものが嫌いです。
常識にとらわれている人は、自分で物事を考えていないというか、それが本当かどうかを確認していないような感じがするからです。
私は、その常識というものが先入観になったり、誤解を生んだりしているところがあると思っているのです。
そこで、今回は定型発達が、よく使っている世間の常識の危なさについて記事にします。
さて、私は小学校の卒業の時に担任の先生から、「お前のような人間がいるから世の中がよくならないのだ。」と言われました。
これは、卒業の時の門出の祝い言葉だったのですが、私にとってトラウマになっているのです。
忘れたくても、忘れられないのです。
そこまで私が嫌われたり理由が、どうしても分からないのです。
この言葉が、私の心や身体に強固に入り込んでいて、どんなに努力しても、決して消えないものになっています。
どうして、そのようなことを言われなければならなかったのか、私には合理的な理由が見つかりません。
私は貧乏人の子どもで、服装も汚く、毎日忘れ物ばかりで、だらしのない子どもでした。
また、発達の問題もあったので、勉強はからっきしできなくて、その先生からすれば最高の劣等生でした。
この先生からみて、そんな最低な子どもの私がクラスにいると、他の子どもへの示しがつかなかったからであると想像しています。
先生から何度も注意をされても、一向に私は改心できませんでした。
担任の先生からいじめられたのは、私が常識的な子どもでないことが原因だと思っています。
非常識とは、私が貧乏人で汚く、性格がだらしなく、また、親といえば、こんなに迷惑をかけているのに、お中元やお歳暮などを持って来るどころか、挨拶にも一度もやってこない人間だからです。
そんな私のことを、非常識な親に、非常識な子どもだと思われていたのでしょう。
しかし、私は一生懸命に生きていたのです。
確かに学校の宿題や持ち物など、ほとんど持ってくることはありませんでした。忘れ物ばかりです。
でもね、私は毎日、家の掃除をしたり洗濯をしたり、貧乏でガスなどありませんから、まき割をして火をおこして豆炭や練炭に火を入れたり、日課で家族が帰ってくるまでに家の用事をやっていました。
私の服装が汚いのは、貧乏だったからです。
私がだらしがないと思われたのは、小さいころから親に持ち物を用意することなどを教えられていません。
また、学校へ持って行きたくても、貧乏で学用品など買ってもらえなくありませんので、私にすれば忘れたと言うほかに方法がなかったのです。
決して私は言葉にしませんでしたが、とても悔しかったです。
だけど、先生は私のことを、頭が悪く、何にも分かっていない非常識な人間だと思っていたことでしょう。
さて、私が非常識な人間だったわけではなく、貧乏な暮らしや発達の問題から非常識な人間のようにならざる得なかったわけです。
先生は、私のことを馬鹿だと思い込んでいたので、いろいろと屈辱的なひどい言葉を浴びせたりしました。
でも、私はそのことを分かっていたし、こと細かく覚えているのです。
忘れたくても忘れられません。
私が時々パニックを起こすのは、この消せないトラウマが関係していると思っています。
さて、常識だけで物事を考えて判断すると、真実が見えなくなるところがあります。
私は世間の常識を必要なスキルとして考えて、これを否定しないです。
でも、常識にとらわれると、それが先入観や偏見になり、相手の本当の姿が見えなくなります。
世間の常識には、そんな危ないところがあるのです。
そこをみなさんに考えて欲しくて、今回の記事にすることにしました。
断っておきますが、学校の先生への恨み辛みを書きたかったのではありません。
このような先生のようにならないように、常識にとらわれ過ぎないようにしたいということです。
私自身も、気をつけています。
(明日、明後日と淡路島にグループのみなさんと小旅行へ行きます。それで記事の更新をお休みします。)
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