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kyoto: NPO団体 京都ハートネットワーク スーパーバイザー  臨床発達心理士 ・ 上級教育カウンセラー                                                               京都市内で発達障害当事者グループワーク・SST  発達障害家族グループワークで支援をやっています。                                                                                                                         悪意のあるコメントは即刻に削除します。



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発達障害の愛情理解

author:kyoto2010/01/24 Sunday

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今回は、発達障害の愛情の理解について記事にします。

さて、発達障害には、愛情が理解できない、分からないと思われている方がいるようです。

それは、まったく間違った考えです。

発達障害に、愛情が理解できないのではありません。

さて、私はどうして、このような誤解が起きるのかと考えました。

そこで考えられるのは、発達障害がお礼などを言うのが苦手なことあり、それも関係があると思います。

また、何かプレゼントをもらったり、何かしてもらったり、そのようなことが愛情からの行動であると理解するのが難しいところがあると考えます。

ですから、発達障害が愛情の理解ができないのでなく、お礼を言わなかったり、物を介するなどの間接的な愛情について分かり難いからであると考えます。

さて、私のことです。

私は、子どもを育てたり大きくなるまで世話をするのが、親として当たり前のことであると思っていました。

子どもを育て、一人前にするのは親としては当然のことであり、あらたまって、これが親の愛情であると、とてもそんな風に考えることができませんでした。

むしろ、親から、「これまで、育ててやった。」「誰に大きくしてもらったんだ。」などと言われると、私など親に対して頭にきて、「生んでくれと頼んだわけでない。」、「育ててくれと頼んだわけでない。」と反論していました。

私にとって、親の愛情の押し付けほど嫌なものはありませんでした。

「俺を無器用で頭が悪い人間に産みやがって」、「そのために俺はどんなに苦しんでいるのか、親は分からず、何を言っているのか。」と腹が立って仕方がなかったです。

子どもがどんな苦しい思いをしているのかを理解せず、「育ててもらった恩義に感謝しろ」などと言われると、絶望的で嫌な気分になってしまうのです。

さて、私の親はもうこの世にいません。

私に子どもができて自分が親になった今、親は私に愛情をかけて育ててくれたところが理解できるようになりました。

若い頃の私は、自分が毎日を生きるのが精一杯で、親の愛情など考える余裕などがなかったのです。

発達障害である当事者は、学校や社会で生きていくのは、ものすごく大変なのです。

ものすごいストレスに晒されて、もう、生きているので精一杯ですから、親の愛情などと言われても、そんなものを考える余裕すらないのです。

ですから、そんな理由で、「発達障害は愛情も理解できないのか。」などと言わないで欲しいのです。

さて、決して発達障害に愛情が理解できないのではありません。

精神的に余裕のある幸せな生活を送っているならば、きっと親の愛情を感じることができるのだと思います。

しかし、発達障害が抱える様々な困難な問題から、幸せや愛情を感じることができない状況になっているのです。

つまり、発達障害に愛情が理解できないのではなく、おかれている環境の悪さから愛情を感じられる状況でないのが実態だと思います。

私は、親や身近にいる人がそのことに気付いて、発達障害の困難さを理解し、無条件で励まし応援する姿勢が大事であることを伝えたいです。

そうでなければ、発達障害は孤独で淋しく、悲しくてたまりません。

このところのご理解をよろしくお願いします。

それから、私は息子を育ててやったなど思っていません。

私は、「こんなに大きくなってくれて、ありがとう。」と、息子に感謝をしています。

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お知らせ
新年2月より、家族限定ですが大阪で、
発達障害家族グループワークが始まります。
大阪の阪急梅田駅の近くの交通便利な会場です。大阪方面の方の家族の参加をお待ちしています。

ホームページが新しくなり、読みやすくなりました。新年以降のいろいろな情報が載っていますので必見です。

kyotoの記事を編者が選りすぐって作った冊子が出来ました。「当事者に向けて」や「家族に向けて」、「生い立ち編」など4冊があります。
この冊子は、グループワーク会場で販売しています。通信販売につきましては、手続き等が整い次第開始いたします。

|http://www.hozugawa.net/kyoto/index.php?e=1527||発達障害|01:15 PM|comments (21)trackback (0)

コメント

こんにちは。今回の記事を読んで…発達障害を持つ人達は愛情が分からないと思っている人間がいる事に驚いたと同時に誤解や偏見の目で発達障害を持つ人達を見ているんやなぁと思いました。
ところで、むちゃくちゃ「被害妄想」が入りますが…果たして本当に定型発達の人間は「愛情」を理解しているのでしょうか?…どうも私には疑問に思えてなりません。
今、正直に言うと私は「精神的」にも「経済的」にも余裕がないので…「幸せ」や「愛情」を語られてもピンと来ないし、ウザく耳障りな「説教話」にしか聞こえません。
それから、「発達障害の困難さを理解し、無条件で励まし応援する姿勢が大事である」…その通りですね。私も周囲からその様な対応を受けていたら「二次障害」にならなくて済んでいたのになぁと思います。しかし、今は「ああやこうや」と言いながらも母が「障害」の事に関して理解してくれているので(父と弟は「???」かなぁ)…その点、助かっています。まだまだ「発達障害」に対する誤解や偏見が消えていないですね…一体、どうすれば良いのかなぁと考えてしまいます。

|餅|EMAIL|URL|2010/01/24 04:08 PM|T3/2VqIU|

本当に無条件で励まし・応援してくれる人達へは、尊敬と感謝の気持ちをもてます。愛情が理解できないのではありません。私は、尊敬する・大好きな人達がいて、その人達と一緒にいる時は、安心して、話したり、過ごせたりします。間違った考えや誤解は、本当にイヤですね。

|トコルナ|EMAIL|URL|2010/01/24 10:21 PM|1HWxfVM.|


他人(つまり血の繋がりのない人)から「あんたのためを思って言うてんねんやで」と言われると腹が立ってしまうのは私だけでしょうか。

特にそれは好感を持てない(つまり嫌な気持ちを持っている)相手であれば一層強く感じます。

因みに親からは「あんたのためを……」とただの一度も言われたことはありません。

|paix31415|EMAIL|URL|2010/01/25 12:37 AM|UHafiAnE|

>そこで考えられるのは、発達障害がお礼などを言うのが苦手なことあり、それも関係があると思います。

>また、何かプレゼントをもらったり、何かしてもらったり、そのようなことが愛情からの行動であると理解するのが難しいところがあると考えます。

>ですから、発達障害が愛情の理解ができないのでなく、お礼を言わなかったり、物を介するなどの間接的な愛情について分かり難いからであると考えます


日曜日、ある人の講演会にいってきました。
ここで言われていたことは、定型の側が、発達特性から起こる行動を、もっと正しく理解しなければいけないという事でした。定型の常識で判断していては、見誤ることが大変多いということです。

 そうしたことが発達障害の犯罪捜査や訴訟、そして犯罪報道でとても沢山見受けられるということです。こうした無理解が、彼らを、「ひとの気持ちがわからない人」とか「感情がない人」という誤解を有む根本原因なのだと、訴えられていました。

 たとえば、犯罪報道で、「被害者の気持ちをどう思うか?」と質問したら、「何も思いません」と答えた被疑者を、まるで、氷の心をもち、何の反省もないものであるかのように、警察・検察も解釈したかのように、報じられています。そして、「彼は広汎性発達障害であると診断された」と記事は結んでいます。皆さんもこういった記事を多数見たことがあると思います。

 しかし、ある事件で、この講師である裁判所の調査員(当時)が、「あなたから受けた傷の痛みを、被害者はどう感じているでしょう。」「今でもその痛みは続いているとは思いませんか?」「彼はいまでもその痛みをつらいと感じて生きていると思いますか?」などと、具体的に質問することで、被疑者である当事者から溢れるばかりの反省の念と、被害者への謝罪の気持ちそして、その言葉を引き出したそうです。この調査員の的確な質問(コミュニケーションによって、当事者に真実が伝わり、実感させることが出来たわけです。)この方はこう語っておられました。「彼らがそれを感じられるように。そしてそれを表現できるように、質問しない僕達の方が間違っていたのだ。」と。

そして、もうひとつこう締めくくっていました。

 それはその人たち一人ひとりが悪いのではなく、社会全体として、皆がコミュニケーション能力を大きく失っているのです。そしてそのみんなの貧弱なコミュニケーション能力で、一番困っているのが、現代の当事者なのですよ。これが、今、発達の問題が急にクローズアップされている真相なのですと。

これはすごい話だと思いました。
いつもkytoさんがおっしゃられている話の、その具体的なところを知ることが出来ました。定型の誤解を解くための、ひとつの手法を見出したいがします。

またkyotoさんがおっしゃっていることを、改めて思い起こした日となりました。

長文申し訳ありませんでした。

|かなと|EMAIL|URL|2010/01/25 10:51 AM|pBqQM9OM|

訂正です。

×この調査員の的確な質問(コミュニケーションによって、当事者に真実が伝わり、実感させることが出来たわけです。)

○この調査員の的確な質問(コミュニケーション能力の向上)によって、当事者に真実が伝わり、実感させることが出来たわけです。

|かなと|EMAIL|URL|2010/01/25 10:53 AM|pBqQM9OM|

発達の人は基本的に愛情が深いと思っています。

確かに、表情や態度に表わすのが、苦手に見えるかもしれません。

だけど気遣いは天下一品の所があります。

それはやさしさ=愛情にも結びついてくると思います。

一方で、ほしくないものをもらって「こんなもの、いらない」など平気で口にする場合もあるでしょう。

子供さんで少し大きくなってくると、わがままなふるまいを見せ、相手の事を少しも考えていない言動をとる事があると思います。

これは自閉系の特性から思った事をすぐに口走ってしたり、行動に移してしまう事が考えられるのと

もう一つは学校や社会で周囲との適応が困難な状態からストレスにさらされ、親や他人の愛情を感じとれない状況なのかもしれません。

またはそれらの理由から「気持ちが自分にしか向けられない状態」なのかもしれません。

心が荒廃したり、余裕がなくなると相手の事を考える余裕がなくなってきます。

これも家族や身近にいる人が無償の愛で相手を理解して肯定してあげる事が大事です。

「あなたは孤独ではないんだよ」「みんなから愛されているんだよ」と温かい気持ちで接して応援してあげてほしいです。

そうすれば、愛情をキャッチできるゆとりが生まれてくるのでは…と思っております。

追記
肯定される場があれば、相手の愛情を感じる余裕が出てくると信じています。
発達障害の方は決して「愛情が理解できない」「分からない」わけではないと思うのです。

|いし|EMAIL|URL|2010/01/25 11:02 AM|aT9TyhHM|

いしさんへ

>肯定される場があれば、相手の愛情を感じる余裕が出てくると信じています。
>発達障害の方は決して「愛情が理解できない」「分からない」わけではないと思うのです。

前記の講師は、正にこのことをおっしゃっていました。

テクニックとしての支援法や、方法論としての関わり方だけに頼ってはいけないと。本当に大切なのは、それを容易には受け取れない特性を持つ当事者を理解し、それが伝わるような方法を、定型の側が模索しなければいけないことを自覚することだと。

そして、「そこにもっとも必要なのは、深い人間関係の構築だ」と。この前提なしに、どんな支援も、どんな手法も当事者に届くことはないと。

これは、本当に大切な核心なのだと、日曜の講演会で、僕は思いました。判ってはいることでしたが、その原因に者会全体のコミュニケーション能力の低下があるというのです。そして、そのあおりを、発達障害の当事者が一番受けているのだと。

だから、最近、こんなにも発達の問題が浮き上がってきたのだと。これは僕はすごい真相だと思いました。

|かなと|EMAIL|URL|2010/01/25 11:20 AM|pBqQM9OM|

kyotoさんの記事、みなさんのコメントを読んで、本当にそうだなぁ、と思います。

私は子供の頃、自分に余裕というものが全くなくて、とても親の愛情を感じ取るなんて出来ませんでした。
毎日、否定され続ける自分を、何とか生き延びさせることしか出来ませんでした。
それに、感謝の気持ちがあっても、それを言葉にすることが出来ませんでした。

私も、子供に対して「私のところに生まれてきてくれてありがとう」と思っています。
子供も「ママ、ありがとう」と言ってくれます。
思い、思われる、って幸せなことだなぁと思います。

餅さんのコメントの、
>ところで、むちゃくちゃ「被害妄想」が入りますが…果たして本当に定型発達の人間は「愛情」を理解しているのでしょうか?…どうも私には疑問に思えてなりません。

の部分、私も疑問に思っています。
それぞれの価値観に左右されるでしょうが、皆が皆、同じように理解をしているとは思えません。
何にしても、価値観の無理な押しつけは止めてほしいものです。

|はらぺこるい|EMAIL|URL|2010/01/25 01:13 PM|eTQQxNdo|

僕もなかなか愛情を感じることができないでいます。

言われるように日々の生活に追われて日々の生活の糧を得るので精一杯なのです。

けど、愛情を理解して精一杯生きたいと思います。

どのようにしてよいかわからなくなる毎日ですが、なんとかしていきたい思いです。

僕は愛情が理解できないために苦労してきた経験がたくさんあります。

|ガッキー|EMAIL|URL|2010/01/25 02:10 PM|kHWhq6xI|

餅様
>今は「ああやこうや」と言いながらも母が「障害」の事に関して理解してくれているので(父と弟は「???」かなぁ)…その点、助かっています。

愛情は直接に目で見えませんので、何かの形になることで分かるものです。
発達障害は、その障害のために、何かの形が愛情であることが分かり難いと思っています。
でも、分かり難いだけで、分からないのではありません。

私は風と洗濯物の関係だと思っています。
風は見えないけれど、洗濯物がゆれて、そこで見えるようになるということです

ですから、たとえ愛情があっても、その愛情が何か洗濯物のようにゆれないと認識できません。
ですから、発達障害に認知されやすいもので、愛情を示すことが大事だと思っています。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/25 10:00 PM|tinLQHnE|

トコルナ様
>本当に無条件で励まし・応援してくれる人達へは、尊敬と感謝の気持ちをもてます。愛情が理解できないのではありません。

そうですね。
その通りだと思います。
私も同じ思いです。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/25 10:03 PM|tinLQHnE|

paix31415様
>他人(つまり血の繋がりのない人)から「あんたのためを思って言うてんねんやで」と言われると腹が立ってしまうのは私だけでしょうか。

同じ図式だと思います。
ただ、他人なら無視もできるのです。
でも、それが自分の親だとしたら、絶望的な気分になるということです。
親の場合は、腹立ちよりも、悲しみといった方がよいでしょうね。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/25 10:06 PM|tinLQHnE|

かなと様
>定型の側が、発達特性から起こる行動を、もっと正しく理解しなければいけないという事でした。定型の常識で判断していては、見誤ることが大変多いということです。

ここに、「発達障害には愛情が分からない」みたいな誤解の生まれる原因があるのですね。
発達障害と定型発達の関係の中で、伝え方が悪かったり、理解の仕方が足らなかったりすることがあるわけです。

相手に理解されるように工夫して伝えることが大事なのですね。
私がグループワークやSSTをやっているのは、このことに気付いていって欲しいからなのです。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/25 10:13 PM|tinLQHnE|

はらぺこるい様
>私は子供の頃、自分に余裕というものが全くなくて、とても親の愛情を感じ取るなんて出来ませんでした。
毎日、否定され続ける自分を、何とか生き延びさせることしか出来ませんでした。
それに、感謝の気持ちがあっても、それを言葉にすることが出来ませんでした。

自分の経験を、お子さんに活かせておられるのですね。
私は、本当の愛情なんて形にならないものであると思っています。

変なことを言いますが、私がこうしてたくましく生きているのは、親から生き方を教えてもらったように思っているのです。
親のうしろ姿からです。
そこに私は、愛情を感じています。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/25 10:19 PM|tinLQHnE|

ガッキー様
>言われるように日々の生活に追われて日々の生活の糧を得るので精一杯なのです。
けど、愛情を理解して精一杯生きたいと思います。

愛情が理解できないのか、
理解できる愛情を受けていないのか、
そこの問題があると思っています。

早く混乱状態から抜け出られることができたらよいですね。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/25 10:22 PM|tinLQHnE|

kyotoさん、こんばんわ。

私もごく最近までですが、自分の中では精一杯努力しているのに、何をするにも空回りで、評価をもらえないどころか、周囲から、いじめられ、否定され続け、絶望感に襲われてしまう不器用な人生を嘆き、そんな出来損ないな自分を勝手に生んで、勝手に期待して、勝手に追いつめて、そんな親を心底呪っておりました。
そんな自分が、いつのまにか、親を恨むことから、同情する感情に変わりました。
きっかけは、親の背中がめっきり小さくなり年老いていくのを感じとってしまったことだと思います。
昔は、あんなに背中がしゃんとして、鬼のように怖かった親の存在が、年とともに衰えてきたことで、なんだか過去のことに、いつまでも囚われてる自分がバカバカしくなってきたのです。
それに、親自身も自分の親から愛情をもらっていなかったことを知り、そりゃ子供に愛情を注ぐことなんてできないはずだな~と、妙に納得してしまったのです。
それからは自分なりに、私たち親子の問題点を冷静に分析することができました。
すべては、感情的な親と理論的な自分という価値観の相違が、お互いの溝を深める結果になってしまったのだと思います。
どんなに話あいをしたところで、向かってる方向が違うのだから、よ~いドン!とスタートすると同時にお互い、逆方向に出発しているのだから、反発しあって当然ですよね。
だったら、お互いの落しどころ・妥協点を模索するほうが、関係を修復する近道なのかなと。

長年、こじれにこじれて、険悪だった私たち親子でしたが、今では私の完全な社会復帰の一番の応援者だったりします。
自分も口下手なほうですが、親はさらに口下手で、キツイ物言いになってしまうのだけど、親は親なりに愛情をもって、自分を育ててくれていたのだなと、ようやく今になって、思えるようになりました。
自分のほうこそ、心が過敏すぎるとこがあるので、もう少し”鈍感力”を養わないと、一度しかない人生、楽しむことなんてできなませんよね。


最後に、当事者GWの件、了解しました。
そうですね、私たち家族は、私のNPO参加を心より応援してくれるという、まだ、ほんのちょっとではありますが、多少心を開ける関係に向かいつつありますが、そういう家族環境にある当事者は、ごく稀なのが実情であることを、見落としておりました。
配慮のない質問をしてしまったことが、大変恥ずかしく思います。
家族には、当日、現地に送ってもらったあと、別行動をとろうと、話がつきましたので、問題ないです。
こちらのNPOさんで、しっかりコミュニケーション能力を磨いていきたいなと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

同じく長文なコメで、失礼いたしました。

|yo*ko|EMAIL|URL|2010/01/26 01:19 AM|cG0yzV7U|

かなとさんへ
コメントを頂き、有難うございました。

・的確な質問で相手の気持ちを引き出せた話。
・社会全体がコミュニケーション能力を失っている事。

この講演内容を読んで強く心に残りました。

発達の人達は気づきの存在でもあると思うのです。

発達障害を通して見えてくる「大切な事」があると感じております。

|いし|EMAIL|URL|2010/01/26 10:27 AM|aT9TyhHM|

あたしは大人になってから愛情について考えるようになりました。親子関係の愛情ですが。
嫌なことが親子間であると愛情に飢えている気分でいっぱいになり家を出たくなることがありました。
弟と比べてしまいます。
自分は世間体と義務で育てられているんじゃないかって・・・

|いたずらにゃんた|EMAIL|URL|2010/01/26 01:27 PM|zM0xEXII|

yo*ko様
>最後に、当事者GWの件、了解しました。
そうですね、私たち家族は、私のNPO参加を心より応援してくれるという、まだ、ほんのちょっとではありますが、多少心を開ける関係に向かいつつありますが、そういう家族環境にある当事者は、ごく稀なのが実情であることを、見落としておりました。

未だ元気なうちに、お母さんへ素直な気持ちで理解ができるようになり、よかったですね。

さて、当事者グループでお待ちしています。
他の人の話を聞いたり、自分の話をしたりすると、発達障害への自己理解が深まりますよ。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/26 09:07 PM|tinLQHnE|

いたずらにゃんた様
>嫌なことが親子間であると愛情に飢えている気分でいっぱいになり家を出たくなることがありました。

親子関係など、どうでもよいと思えるほどの恋人ができたらよいですね。
親と縁が切れると、かなり問題が解決するかも知れませんね。

ありがとうございます。

|kyoto|EMAIL|URL|2010/01/26 09:11 PM|tinLQHnE|

いしさんへ

>・的確な質問で相手の気持ちを引き出せた話。
>・社会全体がコミュニケーション能力を失っている事。
>この講演内容を読んで強く心に残りました。

いしさん、レスありがとうございます。
またいしさんの着眼点はいつも鋭いですね。
本質をきっちり捉えてらっしゃいます。

本題に戻すと、講師のこの指摘は、定型に、ここをもっと考え、追求して、発達の当事者と関わりなさいという助言でした。

ただ、この教訓を逆に活かすと、発達の当事者側が、自分達のしていることがどのように誤解されているかのプロセスを見つけられる話であったとも思います。そういう意味では、この先生の話は、kh-netに参加する親や支援者にも価値があるのは言うまでもないのですが、当事者側が聞いても価値のあるものだと、僕は思うのです。

いずれ、kyotoさんのお許しが出るなら、僕は是非招いて、皆さんに聞いていただきたいお話でしたね。

|かなと|EMAIL|URL|2010/01/27 02:25 PM|pBqQM9OM|

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