Top > これ恋番外編 > 寝過ぎは早死にの原因となるか 質疑応答編

読者から寄せられた多くの質問と批判

前編を公開してから早1年以上、読者の方々から多くの質問と批判が寄せられました。当初、寝過ぎは早死にの原因となるかシリーズは後編で終わりの予定でした。しかし頂いた質問等があまりにも多かったためそれらに回答・反論してからこのシリーズを締めくくろうと思います。

最初に答えを言っておきますが、寄せられた批判のいずれも寝過ぎ->早死の因果関係を立証するには不十分ですのでご安心ください。ただしこれまで私が見落としていた点や興味深い新事実がありますので最後まで読んで頂けると幸いです。

尚、地球温暖化懐疑論の件で頂いた批判については寝過ぎ早死に説とは直接関係ないので項を改めてじっくりと検証することにします。ちなみに地球温暖化懐疑論は擬似相関の例として引き合いに出したまでで、別にコウノトリの個体数と新生児の出生率の関係を例にあげても良かったのです。ただ地球温暖化懐疑論のほうがセンセーショナルでわかりやすいと判断しました。

私の性格上一般の方々から頂いた質問や批判については丁寧に回答するよう心がけますが、専門筋の方(特に生物系)から寄せられたものについては少々厳しめに答えるかも知れません。誠に勝手ながらご了承ください。

トンデモの詭弁―交絡因子は考慮している(キリッ

一般・専門筋共に最も多く寄せられた批判は「交絡因子ぐらい考慮して計算してる」というものでした。これは最初にトンデモを吹聴した張本人も言ってます。

交絡因子とは後編までで述べた体格、持病、生活習慣など睡眠時間と寿命の両方に影響を与えうる因子のことです。つまりトンデモさんやその支持者は体格や持病の影響を考慮しても尚、寝過ぎが寿命に影響すると主張しているのです。

統計学的には交絡因子を差し引いて補正することは一応可能とされています。例えばHDD(ハードディスク)の温度と故障率の関係を調査する場合、メーカーの違いによる影響を排除したければメーカーごとに分けて統計をとればいいのです。その他の交絡因子である容量や回転数、通算電源投入回数やアクセス頻度も考慮するのであれば型番や使用条件でグループ化してから統計をとればかなり正確な結果が得られます。

ここまで読んで「やっぱり擬似相関じゃなかったんだ。早死にしたくないから辛いけど寝るのを我慢しよう。」などと考える必要はありません。なぜならHDDは大量生産された工業製品であり、同じ型番であれば特性がきっちりと揃えられている上に交絡因子の数も少なく、人工物である以上挙動がよくわかっているからです。余談ですがHDDにはS.M.A.R.T.という機能が搭載されていて電源投入回数やアクセス回数は克明に記録されており、故障率調査や故障予測は大変行いやすいのです。

では睡眠時間と寿命の関係も同じ方法で正確に調査できるでしょうか。答えはNOです。交絡因子の数はHDDの比ではない上に交絡因子同士が予測不能なカオス的相互作用を起こしているので要素還元的手法では太刀打ちできません。その上人体にはHDDでいうS.M.A.R.T.のような機能は備わっていないので自己申告でしかデータを取れず、正確さも限られてきます。

交絡因子の影響を差し引こうとすればするほどエントロピー(乱雑さ)ばかりが蓄積し、データは洗練されるどころか乱れていきます。こんな状況でトンデモさんがやりそうなことと言えば交絡因子にこっそりと恣意的にバイアスをかけて思い通りの結果が出るように改変する行為です。これはいわゆる捏造にあたるのですが、情けないことに生物学や基礎医学では決して珍しくはないのです。

いろいろと小難しい専門用語が出てきましたが、工事現場で遠くのひそひそ話を聞くようなものだと考えると理解しやすいのではないでしょうか。雑音にかき消されてまともに聞こえるはずがありませんし、フィルターをかけるにも雑音は風向きや障害物の影響を大きく受けて予測不能です。そもそもひそひそ話の内容が「工事の音がうるさい」という他愛のないものだったりするのです。

種間比較を引き合いに出すのはナンセンスか

後編では代謝量と寿命の関係を説明する際に様々な哺乳動物におけるそれらの法則性を引き合いに出し、睡眠時間と寿命はどちらも体格によるエネルギー効率の違いにより説明がつくと結論付けました。この件についても専門筋の方から批判が寄せられましたので反論しておきます。

それは人間という特定の種だけを対象とした調査に種間比較を持ち出してくるのはフェアではないというものです。そういえば種間では体格が良ければ寿命が延びるが種内ではむしろ短命になってしまうという話を以前からどこかで耳にしたことがあります。

実はこの手の批判が出るのは書いたときに既に想定していました。だからこそわざわざ大型犬の寿命が短いことを例に挙げて「種内ではこの法則に従わないことがある」と述べたわけです。あくまでイヌの場合は異常な例外であり、基本的に種内でも同じ法則が成り立つことを説明したつもりでしたが表現の仕方がまずかったかもしれません。

驚くべきことに「種内では必ず体格が良いほど早死にする」なんてどや顔で言ってきたピペド院生がいましたが、それは間違いです。人間という種の中でもこの法則が通用することを示唆する調査結果があります。(Table. E-2)

Table. E-2 BMIと発がん率(出典:武田邦彦「超・楽観論 2 太目は健康で長寿!」)

この表はこれまでの健康の常識を半分覆してしまうほど衝撃的です。なんと太めの人ほうが痩せている人よりもがんにかかりにくいのです。寿命を直接示しているわけではありませんが、がんは日本国民の死因で最も多いことから太めの人は長生きできることを示唆していると理解していいでしょう。

これも擬似相関であるという可能性が全くないとは言い切れませんが、寝過ぎ早死に説と違ってきちんと筋が通っています。すなわちBMIが高ければ体積の割に表面積が減少し、体温が散逸しにくくなるためエネルギー効率が良くなって活性酸素の発生量が減り、そしてその結果がんのリスクが低下すると説明できます。

個人的に武田邦彦教授の資料はよく吟味する必要があると考えているのですが、これは太っている人の睡眠時間が短い傾向があることとも矛盾しません。太り気味の人は体重あたりの代謝量が少ないため必要な睡眠時間は短く済むのです。世間は寝不足が原因で太るというわけのわからないこじつけをしたようですが(笑)

Table. E-2によるとBMIが27まで増加するごとにがんリスクは低下し、それ以上だと微増して30を超えると22%増加しています。太り気味程度では脂肪や筋肉による遮蔽効果で効率が良くなるものの太りすぎでは内臓に負担がかかって効率が低下するのでしょう。イヌは人為選択によって(あるいは家畜化以前から?)内臓や骨格のマージンが低くなっていると考えると大型犬の寿命が短い理由も説明できます。

ところで睡眠に関する話題を扱ったブログを見ていると睡眠時間が種ごとに固定されているというような記述を見かけました。つまりヒトはいかなる時も7時間じゃないとダメ、と。これが専門家のブログだったら晒しあげて笑い飛ばしたいところですが、素人でしたのであえて晒しません。

ヒトの睡眠時間が体内時計に基づいているのはよく知られている事実ですが、変化のある毎日を過している以上その日に合わせて調整されています。状況によっては概日リズムを崩してでも睡眠に割り当てなければならない時もあることでしょう。そんな日でも7時間にきっちり揃えろなんて無茶な話です。

年齢によっても必要な睡眠時間が変化し、子供のうちは体積の割に表面積が大きく同化代謝も盛んなため長く寝る必要があります。逆に年老いてくると代謝が衰えるため睡眠時間が減り、朝早くに目が覚めるようになります。

そもそも種というのは本来連続しているものであり、ヒトとサルの中間にあたる動物が見当たらないのは単に抜け落ちただけなのです。最節約原理によるとヒトもサルもイヌも(多少の変化はあるものの)共通祖先の睡眠制御系を引き継ぎ、体格や生活環境に合わせて柔軟かつ臨機応変に睡眠時間を決定しているのです。ましてや細胞の代謝効率や熱伝導率といった物理学的特性が種によって大きく異なるなんてありえません。種の違いはさほど重要ではないのです。

寿命は自然選択の対象にならない!?

専門筋(化学)の方から「寿命は必ずしも自然選択されないから寿命を伸ばすように睡眠が進化してきたという前提はおかしい」と批判を受けました。これはなかなか興味深い批判で、後編で述べたように人間の寿命は長いだけじゃ意味が無いのです。長い寿命が何らかの形で子孫繁栄に寄与しなければむしろ進化の過程で切り詰められます。

現代の人間は60歳で繁殖期が終わるにもかかわらず80年の寿命があり、これは高度医療の賜だと言われています。ところが人間と同じように高度医療が受けられる動物園の動物は繁殖期が終わるといくら手を施しても長生きできません。この違いはヒトがわざと余生を伸ばすよう二次的に進化してきたことを示唆しています。

この事実は「おばあちゃん効果」によって説明されます。おばあちゃん効果とはヒトのような高度に知性を持った動物では繁殖期を過ぎた個体が血縁者の繁殖を助け、子孫繁栄に寄与するというものです。ヒトの余生が際立って長いのはおばあちゃん効果によるものではないかと考えられています。つまりヒトは例外的に寿命が自然選択されているのです。

ところで原典を読んでみるとトンデモさんは「寝過ぎで老後の寿命のみが縮まる」とは言ってません。全ての年齢層で死亡率が高まると主張しており、実際にそのような統計結果が出ています。(もちろん擬似相関だが) それに平均余命は死亡率の関数ですから個体ごとの寿命と分けて考える必要があります。例えば1世紀前の平均寿命は50年と考えられていますが、それは乳幼児の死亡率が高かっただけで決して50歳近辺に死ぬ人が多いことを示しているわけではありません。(バスタブ曲線)

つまるところ少産の動物に於いて、平均寿命は自然選択される(死亡率が自然選択されるため)が最大寿命は自然選択されないということになります。ただしヒトは例外で平均寿命と最大寿命の両方が自然選択されているのです。このことから睡眠如きが死亡率を高めるようでは困るわけです。

ただでさえ睡眠中は無防備になるため外的要因による死亡率が高まるのは避けられません。ましてや内的要因の死亡率も高まったら目も当てられませんので当然ながら進化の過程で対策はしっかりと施されています。次節ではそれがどれだけ信頼できるかについて述べます。

自律性とフェイルセーフの信頼性

種間比較を引き合いに出したことを批判していた人の中には人体に備わっている自律性がどうも信用できないという変わった考えの持ち主がいました。人間は野生動物と違って生存に必要な自律性を欠いていると言うのです。つまり寝たいだけ寝ることが必ずしもいいとは限らないと言ってるわけです。

意外なことに似たような主張をする人は少なくなく、自律性が欠損している根拠として挙げられているのは文明社会に慣れてしまって自然選択の影響を受けにくくなったために遺伝的劣化が進んだという考え方です。

この仮説は集団と個体とを混同しています。個体レベルでは突然変異により稀にそうなる人もいるかもしれませんが、いくら自然選択の影響を受けにくくなったとはいえそれはつい最近のことですから適応度が正常型と同じだったとしても欠損が種全体に広がるには年数が全く足りません。

ましてや高度文明を築いても睡眠をやめたわけではないので睡眠の制御系には常に淘汰圧がかかっており、欠損が発生するとその時点で普通の日常生活を送るのが困難になって子孫繁栄の面でも不利になるでしょう。そこまで重大な欠損でなくとも死亡率を少しでも高めるものであれば正常型に適応度で負けてしまいます。

このことからヒトの睡眠はかなり安全に制御されており、満了検知やフェイルセーフの信頼性は進化の歴史が保証していると言えます。例えば睡眠中に腹が減ったり喉が乾いたり尿がたまったりすると目がさめるのもそのひとつです。

寝過ぎた後の片頭痛も心配無用

ここまで読んで睡眠が常に安全側に制御されていることを理解していただけたでしょうか。理屈の上で理解できたけどまだ不安という方もいるかもしれませんね。では最近明らかになったフェイルセーフの実例を挙げておきます。

ひどい片頭痛であっても、脳には影響なし フランス研究 国際ニュース : AFPBB News

読者の中には片頭痛持ちが結構いるのではないでしょうか。幸いにも私は10時間以上寝ても痛くならない体質ですが、それだけ寝ると我慢出来ないほど痛くなる体質の人は決して少なくないようです。このことは寝過ぎ早死に説が論理的に矛盾しているにも関わらず庶民にアクセプトされたことと無関係ではないでしょう。

片頭痛が起こるメカニズムは脳の血管が拡張して血管に亀裂が入ることに起因することがわかっています。亀裂が入るというのは如何にもやばそうな感じがするため、これまでは鬱病や脳卒中、認知力の低下との関連性が疑われていました。

ところがフランスで行われた研究では片頭痛と認知力の低下に関連性は認められず、目がチカチカするほどひどい片頭痛でも認知力の低下が見られなかったことがわかりました。つまり脳の血管に亀裂が生じても認知力低下のリスクを増大させないことがわかったのです。

「寝過ぎて頭痛を起こすたびに血管が劣化してしまいに破裂する」なんていけしゃあしゃあとほざいてたトンデモさん、涙目ですね(笑)

そもそも常識的に考えると薬剤を投与したならともかく自然に起こる血管拡張で破裂するなんて欠陥としか言いようがありません。(血管だけに) そんな致命的欠陥が何億年も修正せずに放置されていたらWindowsもびっくりです。

遠い祖先まで遡ると一時的には血管に欠陥があったかも知れませんが、進化の過程で血管を拡張させないようにするか血管拡張を前提に余裕を持たせるような対策が講じられます。ヒトの祖先は後者を選んだようで、血管が拡張して亀裂が入ったりはするもののそれが問題を起こさないようにしっかりと対策されているのです。前者を選ばなかったのは血管を拡張させることがどうしても必要だったからでしょう。

どうせ問題ないのだから痛くならないように進化してほしかったですが、痛みは自然選択されにくい上に痛点が良性の頭痛と悪性の頭痛を区別するのは難しいためそのような対策は施されなかったようです。寝起き後の頭痛は頭痛薬でも飲んで抑えましょう。

権威と信用―情報の出処を見て信じるべきか

一般・専門筋共に何件か「この研究結果は権威ある場所から出されているから信用すべきではないか」という旨の指摘をいただきました。はっきり言ってこの考え方はどこぞの国の将軍様をマンセーするのと同じですね。権威があるから絶対正しい、なんて言ってしまえばそれはもはや科学ではなく信仰です。

学問の世界は純粋と思われがちですが、現実にはカネとコネがモノを言う風潮が少なからずあります。生命科学はその傾向が特に強く、のし上がるためなら捏造も躊躇わないような研究室が少なくありません。

そのやり方がまた汚く、ポスドクや院生さらには学部生を奴隷(ピペド)として扱って捏造を強制したり、学生がボスの機嫌取りのため泣く泣く捏造することもあります。さらにひどい例では女子学生に対し学位と引き換えに体の関係を強要した事例が明るみに出て問題になりました。しかし明るみに出ているのはあくまで氷山の一角であり、ほとんどが泣き寝入りに終わっているのは言うまでもないでしょう。

これは決して事件の起こった現場が偶然生命科学の研究室だったということではありません。生命科学という学問分野自体がいくつもの欠陥を抱えており、捏造やハラスメントの温床になるべくしてなっているのです。私もかつては生命科学に身を置いていましたが、悲惨な内情と将来性の無さに失望して足を洗った経緯があります。

生命科学特有のピペド問題について詳しく知りたければ次のリンクを参照してください。

ピペット土方 - アンサイクロペディア

寝過ぎ早死説を提唱した研究室がこれだけのことを行っているかどうかはわかりません。しかしここまで酷い研究室でなかったとしても分野が分野だけにブラックな研究室と太いパイプで繋がっていることは間違いないでしょう。

寝過ぎ早死説が出てきた背景として研究室の名を売りたいボスと何がなんでも学位を取りたいピペド、センセーショナルなネタを求めるマスコミ、さらには長時間労働を正当化する口実がほしい産業界の利害が一致していることは想像に難くありません。

最近では横行する捏造に対抗するため論文の査読が厳しくなり、トンデモさんのほうも電気泳動のゲル画像にフォトショップでバンドを添削するようなあからさまなやり方から「〜の可能性がある」という曖昧な表現を用いて誤魔化したり交絡因子のバイアスをうまく利用する方法にシフトしつつあります。

結局のところ信憑性は自分の頭で判断するしかないのです。話の出処が権威ある有名大であってもそれはトンデモや捏造かも知れず、名前に惑わされてはいけません。活動時間が減ったにもかかわらず寿命が短くなるという時点でおかしいことに気づいた人は結構いるようですが、残念ながらその多くは「テレビでやってたから」「出処が○○大学だから」という理由で疑念を残したまま鵜呑みにしてしまっています。

人間は生命体ですがその実体はバルキーな物質であり、寿命は内部エントロピーの蓄積というきわめて初歩的な物理学的裏付けにより説明できます。つまり人間の死と機械の故障は本質的にそれほど変わらないのです。全く同じパソコンが2台あったとして1台が1日8時間起動でもう1台が16時間起動なら一般的に考えてどちらが早く故障するかは言うまでもありませんね。

もし予想に反して前者のほうが先に故障した場合、使用時間が短いから故障したなんて考える人はいないでしょう。普通は使用条件が過酷だったかたまたま当たりが悪かったかのどちらかを疑うはずです。

重箱の隅をつつく―安全な睡眠時間の上限は何時間か

わかりやすくするためにパソコンを例に挙げましたが、パソコンと人間には決定的な違いがひとつあります。それはパソコンは電源を落とせば動作が完全に停止しますが人間の方は寝ていても70%ほどエネルギーを消費し、水分も蒸散し続けるという点です。

このことを理由に「ぶっ通しで何日も寝続けていたらやはり死ぬのではないか」というまるで冗談のような批判を頂きました。重箱の隅をつつくように見えますが冗談でも考える価値はあるので計算してみることにします。

人間は食べなくても2週間以上生きられるので、睡眠中に栄養失調で死ぬ心配はしなくてよさそうです。それよりも先に脱水症状が来るでしょう。

人体の70%は水分ですが、そのうち15%が失われると生命が危うくなると言われています。これは体重50kgの人間には35kgの水が含まれていて、そのうち5.25kgが失われると危険であることを意味しています。あとは睡眠中の蒸散速度で除算すれば許容される睡眠時間の上限値を求めることができます。

睡眠中の発汗量は8時間でコップ一杯分、つまり1時間あたり25gです。呼吸では1時間あたり50gほどの水が出ており、合計すると毎時75gの水分が蒸散で失われていることになります。つまり許容される連続睡眠時間の上限値は70時間というのが答えです。

当然これは理論上の数字であり、実際は70時間ぶっ通しで寝られるとは到底考えられません。前述したとおり人体には数多くのフェイルセーフやリスク回避策が備わっており、水分の蒸散に関しては危険レベルの半分に達するはるか以前に喉が渇いて目が覚めます。もしそれが機能不全で無視されてしまったとしても尿の濃縮を検知して目が覚めるでしょう。

そもそも体がネズミ並みに小さいわけでもないのに20時間も寝れる場合は疾病を疑うべきです。内臓に障害があるとそれを修復するための防御反応として睡眠時間が極端に伸びます。このことは睡眠時間と死亡率の間に相関関係(何度も言うが擬似相関である)があることとも矛盾せず、統計の生データは「ストレスや持病を抱えた短命な人」の睡眠時間が長いことを物語っています。つまり擬似相関も馬鹿やハサミと同じく使いようなのです。

科学者の社会的責任―寝過ぎ早死説を批判した意図

これまで三部にわたって寝過ぎ早死説の論理的矛盾を指摘し、確固たる科学的根拠を以てして批判してきました。批判の批判に対しても私なりに丁寧に答えて根拠もわかりやすく解説したつもりです。それでもまだ読者に疑念が残っているとすればそれは私が三部にもわたって寝過ぎ早死説を批判した意図ではないでしょうか。

私は普段テレビを見ないので当初寝過ぎ早死説がテレビで大々的に放送されたことを知りませんでした。寝過ぎ早死説を知ったのは私がまだ生命科学をやっていた頃、ストレスで睡眠時間が伸びていたときに友人が心配して「そんなに寝てたら早死するよ」と言ってくれたのがきっかけです。そんな珍説があるのかと思ってネットで検索するとAllAboutのトンデモ記事や個人ブログがいくつもヒットし、寝過ぎ早死説が流れていることを知ったのです。

個人ブログを見ていると寝過ぎ早死説を真に受けて怯えている人や、自分は寝過ぎだと思い込んで自ら睡眠不足になろうとしている人が多く見受けられました。中には家族に睡眠制限を強制したり、ペットのネコに強制しようとしている人までいました。多くの人が騙されているのを見てこれはもう放っておけないと思ったのです。

トンデモを批判しても私には何のメリットもなく、トンデモさんたちの怒りを買うだけです。というか生命科学から足を洗ったからこそトンデモ説ならびにその温床である生命科学をこれだけ露骨に批判できるわけで、もし生命科学の研究をしている立場で批判をすると出世に影響したかもしれません。(専門は医学から程遠い植物だったのでそれはないと思うが。)

私がトンデモを批判するスタンスは科学者としての良心です。何の役にも立たないようなマニアックな遺伝子の研究でトンデモ捏造論文が横行するのは一向に構わないのですが(笑)、日常に直接関係のある分野で提唱されたトンデモ説で実害が出るようなことは絶対にあってはならないと考えています。

この記事を読んで誤解が解けた、あるいはもともと懐疑的に考えていたのがより確固たる理論に裏付けされたとしたら私としては嬉しい限りです。寝過ぎ早死にシリーズは一応これで最後としますが、もし釈然としないところがありましたら遠慮なく掲示板でご質問ください。

(2011/04/18)